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ブログ/2020-06-16

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分析と総合                        

MHKブログでKは「農業栄えて農学滅ぶ?-分析と総合を考える-」(2017年9月)というタイトルで「分析と総合」について議論をしています.今回は他の人の発言も取り入れて掘り下げてみました.

起源をギリシャに持ち西欧で発展してきた科学は要素還元型といわれる特徴を有する.そして,私たちはこの方法以外の確立された研究手法を持ち合わせていないことから,将来とも要素還元型の研究に頼らざるを得ないだろう.要素還元型とは,ある現象を要素に分解し,要素に適合した法則は,要素を再び合成した現象に対しても当てはまるという手法である.農学が対象とする現象の殆どは要素還元型研究である.身近な例として,農地からの二酸化炭素ガス放出を考える.多くの研究では,まず根呼吸と土壌呼吸に分けて測定する.また,土壌水分と地温の影響を別途定量化する.このように要素に分けて現象を理解し,再び要素を合成することで,農地からの二酸化炭素ガス放出量を推定するというのが要素還元型手法です.プロセスモデルは要素還元型の典型でしょう.
しかし,要素還元型という手法では理解できない現象があることもよく知られています.

寺田寅彦は晩年(1935年没)次のような指摘をしていると中谷宇吉郎は書いている.それは,現在の物理学の「方法」が「分析」に偏しているのに対して,寺田は「綜合の物理学」を建てようと企てられていたことである.例えば,ここにある複雑な形の波形がある.それを応用数学の力でいわゆるフーリエ級数に展開して,分析するのが現在の物理学の方法である.問題を物理学に限定すれば,現代の物理学は,量的に計測しうる物,あるいは数学の式で取り扱いうる現象の物理学である.自然にはそれ以外の物理現象がいくらもあって,それらの問題を取り扱う別の物理学があっても良いはずであるというのが寺田の持論であった.(中谷宇吉郎集第1巻,文化史上の寺田寅彦先生,岩波書店,2000)

岡島秀夫は現在の農業技術を1. 集中・均一・最大生産と2.分散・多様・循環・適量生産に分けて考察をしている.後者は全体的生物観を意識した考え方で,「全体は単なる部分の集合ではなく,全体を部分や要素に還元できない」という全体論に要約され,「複雑な現象も簡潔な要素に還元できる」という要素還元主義と対立する概念であると述べている.そして,農業技術はこの1と2の両視点を生かして発展してきているという.しかし,2の考えに立脚すれば,全体は部分にない特性を持ち,また,循環的システムの中の特定の変数のみを極大化することは出来ないとう.つまり,環境保全型農業や循環農法では,特定の作物の収量を最大化できないということであると述べている.(集中と分散 -農業技術に思う-,北農第58巻第4号,1991)

江川友治は「還元主義と全包括論」で次のように農学を展開している.すなわち農学は多分野の基礎的研究から発展してきているのであって,多くの分野をまとめるような研究ではない.すなわち還元論に軸足を置いている.しかし,環境問題や農業問題の現状は新しい農学論の確立を必要にしている.(農業及び園芸67(2),1992)江川友治の上記主張は「農と土の科学を考える」養賢堂,1992にも集録

岩田進午は,近代農業は農業の工業化であり,土は作物を支持し養分を入れるための容器に過ぎないとみなしていると指摘している.三要素試験は肥料の大切さを指摘し,我々は率直に受け入れてきた.その結果,高収を目指すためには土中に化学肥料をどんどん投与することになった.そして,収量よりも食味になると施肥量を変化させることで対処した.しかし,このように要素に分解し,全体を制御するという方法では,生態系の持つ役割,土の健全性という考えは入って来ない.岩田は,化学化に頼らない,研究者にも解決法が分からない有機栽培を含む農業について,多くの人と一緒に考えていきましょうと結んでいる.(岩田進午,日本農業の特質をめぐっての覚え書き,農業研究12,1999,土のはたらき,家の光協会1991)

岡島,江川,岩田は奇しくも1990年初めに従来の要素還元手法が適用できない農学の研究分野について考察している.環境保全型農業,生態系調和型農業は今ではよく使われるが,しかしこの30年,研究の具体的な方法論は一般化していないようだ.

Kは,無施肥・無農薬で多数回中耕除草をするイネの自然栽培を10年間続け,良食味米で慣行栽培並の収量が得られることを実証した.彼は,「土壌の物理性」第140号の巻頭言で「分析と総合」と題して次のように述べている.コメつくりはイネ,土,水,光を総合的に管理してはじめて可能になる.そして水田には「自己施肥機能」が本来備わっていると主張している.ですから分析だけではコメ作りはできないにもかかわらず,現実にはますます精緻に分析的にすすむ農学諸科学(土壌物理も含めて)と実際の農業(総合化された技術)との乖離は大きくなるばかりではないかと危惧している.そして農家だけではなく消費者にも役に立つ“総合科学”としての農学は展望できるかに疑問符を付けている.(粕渕辰昭,土壌の物理性第140号,2018).

Kの研究は従来の枠組みで考えれば,栽培学に該当し,要素還元型手法で発展してきました.しかし,彼は水田には「自己施肥機能」が備わっていると考えたことが生態系調和型農法と重なる部分があるのでしょう.そして,高収,良食味という結果を分析的な方法で収量を明らかにできないことを強調していますが,新たな研究手法については触れていません.1990年初頭に先人が気づいた要素還元型が当てはまらない実例が,実は身近な水田農業に存在していたという点評価されます.
 
私たちは,「1kgの窒素は50kgの玄米を産出する」,「良食味米は窒素を減肥すればよい」という根強い固定概念から離れられずに,窒素という1要素を分析の対象にしてきたのは否めません.稲作に限らず作物生産には過去の膨大な研究の蓄積がある.そして,科学の評価は再現性であるため,非常に分析的にならざるを得ない.誰でも最初は過去の研究をレビューし,基礎知識として最低限必要な知識をもって,新たな未知に挑戦する.とても,今までの研究の蓄積を無視し,自らの研究に費やした時間を振り出しに戻すことはできそうにない.今井むつみ「学びとは何か」(岩波新書,2016)の中で,人は持てる知識を総動員した新しい知識の要素を獲得する.スキーマ(行間を補うための常識的な専門知識)がうまく機能していれば,新しい要素を学習するたびに新しい要素はシステムに関係づけられ,システム全体がアップデートされる.しかし,システムの土台となる知識が誤っていると「コペルニクス的転換」が必要とされると述べている.

岩田進午さんが若者に常々語っていた,「新しい農学の研究手法を生み出すには柔軟な頭脳と頑健な体力.若い研究者諸君の奮起を期待する」という言葉で締めることにします.(H)

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