土柱採取器
土柱採取器
土柱採取器
a. 土柱採取の必要性
深さ1 m程度までの土柱採取が必要となるのは,作物の根群分布を調べるとき,根群域の水収支を求めるとき,複数の層位にまたがるTDRロッドを使ったときの誘電率と土壌水分の校正曲線を得るとき,そしてA, B, C層の深さ方向の分布を調べるとき,などである。私たち研究者は良く試孔を掘って採土するが,深さ1 mまでの土の性質を知ろうとすれば,1 mを超える試孔を掘らなければならないし,水や溶質の分布を明らかにしようとすれば,深さ方向に密に採土することになるので,こうした作業は不必要な畑の攪乱や過剰な労力を伴う。できれば簡便な土柱採取が望ましい。
b. 土柱採取法
誰でも簡単に深さ1m程度の土を採取したいと思う。完全な不攪乱土の採取は無理としても何とか土を採取できないものか。昔から同じような考えを持つ人は沢山いたようである。
1970年代に陸稲の根群分布の調査をした。そのときにオーストラリアの研究者が持ってきた道具は図1に示す通りである。長さ約1.2mの鋼管の先端部内径を少し小さくし,そのすぐ上の外径を少し大きくすることで,鋼管内に入った土は鋼管の内壁との,鋼管の外側の土は鋼管との摩擦が出来るだけ少なくなるように工夫されている。鋼管の挿入は電動のパーカッションハンマーで行い,引き抜きはハンドウインチを工夫した引き抜き器を用いた。根の採取にはハンマー操作する2人,鋼管を支える1人が必要であった。さらに,発電機も使うためかなり大がかりな作業で,サンプリング場所が道路から離れているとその運搬は大変な作業であった。このサンプリングチューブは根と土とを一緒に採取するので,深さ別の土壌水分分布の調査にも用いた。
土壌凍結が生じる畑における硝酸態窒素の移動を調査したときは,Eijkelkamp社製の長さ1mの採土用鋼管とエンジン付きのパーカッションハンマーを用いた。この鋼管の先には内径45mmと鋼管よりも内径の小さな先端がねじ込み式で取り付けられるようになっている。この鋼管および先端は大変硬い鋼で出来ており,凍土ばかりか軟石をも砕く。この鋼管の中には縦に切断し丸めたときに鋼管内壁にぴったりと密着するプラスチック製の雨樋を入れることにより,採取した後の土の取り出しを容易にした。採土しているときの様子と土中に入れた鋼管を引き抜く様子を写真1に示す。Eijkelkamp社製採土器は2人掛かりの作業であり,エンジン音が大きいので耳栓をする必要があった。
写真 1 エイケルカンプ社の土柱採取法
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c. 採土法の工夫
以上の2つの方法とも,鋼管の中に入った土と鋼管内壁の摩擦を減らし,土柱の圧縮を防ぐ工夫がしてあるが,土柱採取が大がかりな作業になってしまう難点がある。1人のマンパワーで鋼管を挿入出来ることを考慮して直径が約30mmの継ぎ目無し(シームレス)薄肉鋼管を選んだ。1つは外径31.8 mm,内径29.8 mmのクロムモリブデン鋼管,もう1つは外径32 mm,内径30 mmのステンレス鋼管である。後者は錆びないという特徴がある。土柱採取器の諸元を図2に示す。押し込み棒は写真2のように垂木などで造り,握る部分を持ちやすいように丸くすると良い。キャップは下端が管内に入るようにする。写真3に示す受け皿は,鋼管とほぼ同じ直径の塩ビ管を縦に半分に切って作ると良い。金鋸があれば容易に切れる。また,受け皿の上に載せた土柱を切るためのナイフをスパチェラ(ペイントナイフ)を加工して作ると便利である。さらに,受け皿に10cm間隔で切り込みをいれると切断作業時間を短縮できる。
写真 3 鋼管からの土の引き出し
d. 採土の手順
1) 土柱採取器を地表面に鉛直に置く。
2) 鋼管上端にキャップと押し棒を載せ,上半身の反動を上手く使って鋼管を押し込む。
3) 30cm程度挿入したら,管の内部と外側の土の表面の長さの差が小さいことを確認する。差が大き
い場合には採土を止め,場所を変える。
4) 所定の深さまで鋼管を挿入し終えたら,再度鋼管の内と外の土壌面までの長さを計測し,記録し
ておく。
5) 直径8mmの鉄棒を鋼管上部の孔に差し込み少し回転させる。
6) 次に鋼管を引き抜くが,鉄棒が曲がる恐れがあるときは,鋼管を握って引き抜く。このとき革製
の手袋を使うと滑らないで便利である。
7) 鋼管を穴の空いた木板に通す(写真1のような)ことで,引き抜き時の地表面の攪乱を少なくする
ことが出来る。
8) 写真3のように鋼管先端部の直径よりも少し小さな押し出し棒(塩ビ管や木の丸棒)を先端から入
れる。このとき,鋼管の上端を受け皿の決められた位置に置き,押し出し棒を押して土を上端から
出す。その後は鋼管を手前に引くようにして土を出していく。圃場内の異なる場所で採土し写真4
のように並べると,センサー埋設場所の層位との対応を正確に知ることが出来る。
写真 4 採取した土柱の様子
9) 土柱を所定の間隔で切断し,含水比の測定等に用いる。
10)使用した鋼管は内壁の泥をよく落とし,金属たわしで磨いておく。泥が落ちない場合は水洗い
し,ぼろ布で水気を拭き取る。
d. 適用条件と注意事項
土柱採取器の断面積は8cm^2未満と小さいので,作物の根群分布試験には適さない。
鋼管は反動をつけて手で押し込む力仕事である。そのため,地上部に出た鋼管の長さが長いと力をかけることが出来ないので,鋼管の上端は胸の位置よりも低い必要がある。上端をカケヤで叩くと,管を挿入することは出来るが,土中の石に当たると先端を潰してしまう恐れがあるほか,引き抜くことも出来なくなってしまうことがある。したがって,本採取器は反動を付けて手で押し込む方法で行う。
鋼管を挿入し終わった時に測定する,上端から土壌表面と鋼管内部の土の表面までの長さの差は小さいほど好ましい。途中で石や太い根に当たったときの土柱は短くなってしまうが,そうでなくとも短くなってしまうことがある。したがって,両者の違いをどこまで許容するかは目的による。深さ1mまでの土を採取する時,両者の差が5cmは許容されるだろう。
この土柱採取器は淡色黒ボク土で使うことが多かった。多くの場合は採土が可能であったが,非常に湿った時は鋼管内で土柱が崩れて上手く採土できないこともあった。一方,表面の土が大変乾いているときは,乾いた粒子が鋼管内を転がる。したがって,深さ別の溶質濃度の試験では,表面の乾いた10数センチは移植ごてで採土し,それより下の湿った土に対して土柱採取器を使うと良い。
土柱採取器は土層の途中に砂や礫層があると,土柱が鋼管内で崩れて採土が出来ない。
灰色低地土では上手く採土できる場合と出来ない場合とがある。土が非常に粘質で軟らかい場合には,押し出し棒で土柱を押す過程で土と管壁との摩擦が大きく土柱が変形し内壁ベッタリとついてしまう。このような場合でも採土するには以下に説明するようにちょっと面倒な加工が必要である。
写真5(a)のように先端部から少し離れた鋼管に3.2 mmの孔を開ける。鋼管と曲率がほぼ同じコンベックスを鋼管の長さに切り,コンベックスにも穴を開けて鋼管の中に入れ3 mmのビスで固定する(b)。ビスは固定するだけで締め付けるのでは無いので,ビスの頭は出来るだけ薄くし,鋼管に入った土を引っ掛けないようにする。採土が終わって鋼管を土から引き抜いた後,ビスを外し,先端部からヤットコでコンベックスの端を鋼管から出し,代わりに押さえ板を付ける(c)。写真の押さえ板は無垢の塩ビ管に3 mmのねじ山を切ってビスで固定できるように加工している。鋼管の上側(作土が入っている方)のコンベックスの先は管の中に入ってしまっているので,ヤットコで管の外まで引き出す(紐を付けて引き抜いても良い)。その後は,押し棒で押さえ板を押すとともにコンベックスを引き抜くことで,土柱が採取できる。ここまで努力するのはどうしても土が採取したいからであり,その必要性を感じない人が用いる方法では無い。採土という泥がまつわりつく作業の中でビスの付け外しのような細かい作業がある。ビスは小さく失いやすいのでいくつか持って行く。また,泥を除くための水と雑巾も必要である。
e. 使用例
深さ1 mまでの土層の貯水量を求める。
TDRは金属ロッドの長さに相当する土の平均体積含水率を計測する。淡色黒ボク土畑の水収支を明らかにするため,1 m土層の貯水量をTDRでモニターすることにした。そこでまず,深さ1 mの試孔を掘り各層位の乾燥密度を調べた。次いで,土壌水分が異なる4時期(干天後,大雨後などを含む)に土柱採取器を用いて各時期約10地点で土を採取し,深さ10 cm単位で含水比を求め,あらかじめ求めておいた層位別の乾燥密度のデータを用いることで1 m土層の平均体積含水率を得た。この含水率と比誘電率との関係から,畑1 m土層の貯水量を定量化した。この試験には1年近くにわたる時間と手間を要した。
畑における硝酸態窒素の移動をしらべる。
定期的に土柱採取器で採取した土壌を分析することで,硝酸態窒素の移動を明らかにした。土柱採取器は採取される土の断面積が小さいため,溶質イオン濃度のバラツキは大きい。地表面の数センチ未満の凹凸でも,それが降雨浸入量に与える影響は大きいため,土の不均一性に加え,地表面の不均一性も考慮して必要な土柱の本数を決めなくてはならない。予備試験が必要である。
畑の土壌水分は雨が降ると多くなり,乾燥が続くと少なくなると教員は教え,学生はそのように教わるけれど,具体的に定量化したデータが示されることは少ない。土柱採取器を使うことで作物生育期間中の土壌水分断面図を得ることが出来,根群域や有効水分量の理解に役に立つ。TDRによるモニタリングデータを出して理解させるよりも,土に触れ,含水比を測定し,保水量を計算させると土の理解がより進む。