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国際土壌年に出された提言と報告書

国際土壌年に出された提言と報告書

           
 国際土壌年の2015年には土肥学会から「世界の土・日本の土は今」が出版され,学術誌や科学雑誌では土に関する特集が組まれた。それらを読んで土の大切さ,奥深さを改めて感じた学生や研究者も多いことだろう。今回紹介する資料も国際土壌年に合わせて出版された。1つは日本学術会議・農業委員会・土壌科学分科会が出した「緩・急環境変動下における土壌科学の基盤整備と研究強化の必要性」という提言であり,他は,FAOが出したStatus of the World’s Soil Resources: Technical Summaryを農業環境技術研究所の研究員が和訳して出版した報告書である。これらは,土壌の個別分野を研究対象としている我々にとっては興味を引くものではないかも知れないが,今後の土壌科学の進む方向を示していることから,いずれは科学政策を通して土の研究や教育にも影響を与えると考えられる。

 なお,本ホームページのブログ(2016/3/16)「人間と土壌」はこれから紹介する提言や報告書の背景や現状,そして提言や報告をするにいたった理由を理解するうえで大変参考になる。

緩・急環境変動下における土壌科学の基盤整備と研究強化の必要性
 日本学術会議 農業委員会 土壌科学分科会 16ページ(2016年1月)

この提言は2015年12月5日の世界土壌デーにFAO発表したStatus of the World’s Soil Resourcesも参考にしていると思われるが,焦点が主として国内の土であり,劣化,対策,今後の方向などは具体的である。本提言には2ページの要旨がある。すんなりと頭に入る文章では無いが,最初にそれを転載しておく。

1  背景
 土壌は地球の表面にあり、大気、水と並び生物の環境を構成する主要要素の一つである。歴史的に最重要視されてきたのはその農林業生産にかかわる機能であり、私達の衣食住を支えてきた(土壌の生産機能)。そして土壌は、国立公園に代表される自然景観、市街地においては建築物と街路樹や緑地などの基盤となって市街地景観を形成し(土壌の景観形成機能)、高山から湿地、海岸域に至る地形連鎖において動植物・微生物相を育み、豊かな生態系を形成するための支えとなっている(土壌の生態系サービス形成機能)。土壌の生産機能は19 世紀以降の近代農学とその後の産業革命の成果を得て飛躍的に強化された。先進国では増産のための土壌管理が進み、その他の国々においても農林産物の増産が図られ、その生産性に幅はあるものの世界人口は72 億人に至った。この土壌の生産機能強化には20 世紀までの土壌科学が貢献した。

2 現状及び問題点
 世界を見れば、農業生産が乾燥地、アルカリ土壌、熱帯・亜熱帯サバンナなどの限界地に拡大するのに伴い、農業生産は水資源枯渇、塩類障害、侵食などによる土壌劣化、害虫大発生などの生態系異変に直面することになった。近年は局地的な熱波または寒波、干ばつ、豪雨の発生が常態化し、農業生産の障害がより加速されている。
 国内においても台風の大型化やその他の気象現象の激化などの環境変動が懸念されている。そして徐々に、都市圏や廃棄物処理場において有害物質による土壌汚染が顕在化し、跡地利用を妨げ、その修復が課題となっている。また福島第一原子力発電所の事故による放射性物質の降下が広域な土壌汚染を引き起こし、復旧・復興を困難にしている。
 土壌以外の環境要素の変動が土壌に及ぼす影響には次のようなものがある。災害を伴うような現象は土壌に対しても急な環境変動であり、土壌も数日程度で急変することがある。これらに対して、温暖化に伴う地温の上昇傾向、農業の日常的な施肥の過不足などは比較的緩慢な環境変動であり、それらに伴う土壌の変化も緩慢ないし日常的である。このような緩・急環境変動下における土壌管理の今日的課題として、土壌が水資源、塩類などの無機的環境要素および動植物・微生物とともに形成する生態系を総体的に安定させつつ農業生産性を持続させるとともに広く環境保全にも貢献することが求められるようになっている。
 このように、緩・急環境変動下において土壌の生態系サービス形成機能を保全しつつ生産機能と景観形成機能を持続的に高める土壌管理の推進が国際的な課題となり、2013 年の国連総会に於いて2015 年を国際土壌年、12 月5 日を土壌デーとする決議が行われたことは極めて重い。この国際土壌年に因み、土壌科学の基盤整備と研究強化を目指し、そして、社会全体にわたり土壌の機能と保全に関する理解の増進を望み、以下の提言を行う。

3 提言等の内容

(1) 土壌観測ネットワークの形成と国際的な土壌情報の整備及び日本の貢献の強化
土壌を扱う行政部局においては、土壌の緩・急変動に対応するため、南北に長い日本国内を区分し、国内の総合的な土壌観測拠点を整備する。従来の土壌用途別対応を活かしつつ、関係専門分野の参画を得てヒトの環境構成要因としての土壌の一元的な観測方法と情報化体系を構築することとし、地域拠点を統括する中核的なセンターを設置して日本土壌観測ネットワークを形成する。そして,土壌を扱う行政関係者、大学と研究機関の試験研究担当者においては、これまで農用地、林地、市街地等の用途別に分けて対応されがちであった土壌を総合的視点で捉え、国際的な土壌情報を整備し、日本の貢献を強化する。

(2) 土壌科学の新展開と土壌教育の充実
地表面の土壌全体にわたる理解の増進と保全のため、大学、国立研究開発法人、県の研究機関では農学を超える関係分野の参画を得て先端科学を活用した土壌物理・土壌化学・土壌生物に関する新しい土壌科学を展開すると共に土壌研究・教育に携わる専門家養成を強化する。さらに小・中・高校の土壌教育を拡充し、土壌保全に関する理解を増進する。その際の教育に土壌観測の場を活用する。

(3) 土壌保全に関する基本法の制定
土壌は、人為の影響を強く受けて変動するにもかかわらず、農地の利用者など直接土壌の恩恵を受ける人々を除けば、関心の外に置かれる。その状況を改善し、健全で持続的な土壌の保全を目指し、土壌に関する施策全体に横たわる基本理念を明確にするとともに、これらを総合的かつ一体的に推進するため、国民社会が等しくその重要性を認識し、土壌保全の理念と原則、すなわち土壌利用における公共性の認識、観測と情報整備・公開、および学術・教育の推進を明記した「土壌保全基本法」を法定することが望まれる。(転載はここまで)

 提言では土壌の機能を生産機能,景観形成機能,生態系サービス機能の3つに分けている。今までよく使われてきた生産機能と環境保全機能とは異なる視点で土を評価している。これらの機能は現在,人為並びに自然現象に起因する緩・急環境変動によって低下していることを侵蝕,汚染等による土壌劣化,温暖化ガス,干魃と豪雨,大規模自然災害に分けて説明するとともに,機能維持のための具体的な対策と残された課題を挙げている。また,資源としての我が国の土の価値を水田,畑,森林に分けて紹介し,前2者の高い価値は長年にわたる農業者の努力と農業政策によって得られたものであると述べている。森林については,温暖化に伴う気象現象の激化により,自然に形成されてきた生態系サービス機能の劣化を防止する必要があると指摘している。
 土壌機能の緩・急変化に備えるためのこれからの方策では,1つめは生産機能については地力保全基本調査,土壌環境基礎調査など数十年にわたって続けられてきたモニタリング調査データが我が国にはあることから,対象と観測点,観測システムを再構築して景観形成機能と生態系サービス機能への寄与を目指す必要性と,国際的な土壌情報の整備に貢献することを強調している。
 方策の2つめは土壌科学研究と教育の充実である。発展が期待される化学,微生物分野の研究手法をいくつか例示しているほか,単一作物を大面積で栽培する農業と生物多様性の維持の問題,富栄養化が生態系に及ぼす影響のモニタリングの必要性を指摘している。また,小・中・高教育では土の観察と土の性質に関する簡単な実験を通して土を理解させる必要性を指摘している。
 最後には要旨にまとめてあるように「土壌保全基本法」の制定をかかげている。

 この提言を読んで感じた点はつぎのようである。土壌全体の理解増進と土壌機能全体の維持・向上は土に関与する研究者に課せられた大きな課題である。私たちは,土壌の生産機能を対象とするとき,着目する要素に土を分解して理解してきた。灌漑や排水といった土壌水分制御の研究は植物による土中の養分吸収の研究とは独立に発達させてきたのである。提言では,生産機能と生態系サービス機能の関係や栄養塩類のレベルが生態系に及ぼす影響などの研究の強化を挙げている。しかし,土壌の景観形成機能や生態系サービス機能を対象とするときは,多くの分野の様々な知見が必要とされ,従来のように要素に分解して解析し,再び合成して全体を理解するという手法は成り立たない可能性が高いと思われる。土壌研究がより複雑系の研究領域に近づいたといえるかも知れない。土壌全体を理解することは21世紀の大きな挑戦だろう。

 土壌に関連する基本法として環境基本法,生物多様性基本法,水循環基本法などがあるが土の基本法は無い。世界湖沼会議が滋賀や茨城で開催され,「21世紀は水の世紀」という標語が国民に先に浸透したと思う。土の研究者からみると水があってどうして土はないのか疑問を感じるが,これから3つの機能を持つ土の大切さ国民に広く訴えていくしかない。もしかしたら,水は毎日手にとって飲むが,土のついた作物は食べないし,土を見ることも触ることも無いのでその大切さが忘れられているのかも知れない。

世界土壌資源報告:要約報告書 高田祐介他9名訳,農業環境技術研究所報告,35:119-153 (2016年3月) http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/publish/bulletin/niaes35-3.pdf
世界土壌資源報告:要約報告書はStatus of the World’s Soil Resources: Technical Summaryの和訳である。原文は2015年12月5日の国際土壌デーに出版されている。この報告書を作成したのはIntergovernmental Technical Panel on Soils (ITPS)でFAOが主催するGlobal Soil Partnershipに対して行った。ITPSには世界60カ国から200名を超える研究者が参加し,2,000報以上の査読付き論文から得られた知見を総合してとりまとめている。原文の本文は600ページを超える膨大な資料であり,和訳の要約報告書も32ページある。今回の報告書は初版であり,2020年には第2版の出版を予定している。

 要約報告書は,人間が土壌資源にかける圧力は限界に達しようとしているという認識から始まる。しかしながら,土壌の問題は施策措置に必要な証拠と根拠の容易な入手方法がないこと,個人と公共の財産があり財産権にどう取り組むべきか難しいこと,土壌の変化が長期的な時間スケールで生じると述べている。そして,本報告書の基本概念は持続可能な土壌管理であり,評価を可能とする基準(ベンチマーク)を提供することとしている。ついで,土壌機能に対する10の脅威について説明している。報告書の最後には脅威の重要性の高いものから順に示しているが,それらは以下の通りである。
 土壌侵蝕,有機炭素の変化,養分の不均衡,塩類集積とナトリウム化,土壌被覆(建造物や道路等によるsealing),生物多様性の減少,汚染,土壌酸性化,圧密(compactionであり圧縮の方が土壌物理分野では分かりやすい),湛水(地下水面が窪地に出来る現象がwaterloggingであり,湛水という訳は適切では無いと思う)の10脅威である。
 報告書ではいくつかの問題に焦点を当てているが,項目立てにはっきりとしたストーリー性は感じられない。地球規模の土壌変化を引き起こす主要因は人口増加と経済成長と指摘している。1961年から2000年に欠けて1人当たりの耕地面積は0.45 haから0.25 haに減少(我が国は0.037 ha),人口は2100年に109億人に達する。そして現在,世界の人口の54%が都市部に住んでいるという。
 土壌と食料安全保障における戦略の節では,1.土壌劣化による生産性の低下を防ぐこと,2.ポテンシャル収量との実際の収量のギャップを埋めること,3.土壌炭素貯留や生物多様性プールの維持・増大を可能にするような土壌の利用や管理を推進すること,4.灌漑,肥料,農薬の利用効率を高めることを指摘している。
 土壌と水の節では汚染物質の濾過には土の吸着,微生物による無毒化,土壌による濾過機能には土壌中の水分量と移動速度が重要となると指摘している。また,水量の調節と洪水では,洪水を制御するための土壌管理にかかる費用やその便益に対する信頼できる評価は,地域的にも地球規模でも行われていないと述べている。
 土壌と気候調節の節では,土は温室効果ガスの発生を制御することを説明している。土壌と人の健康の節では,農薬の利用と生物多様性のモニタリングの必要性,土壌汚染,鉱山,放射能汚染(チェルノブイリについて書いているが,福島はない),紛争地域に残された地雷の問題を取り上げている。
 土壌と生物多様性の節では,土地利用の高密度化とそれに関連する土壌有機物の損失が土壌の生物多様性に対する最大の圧力に位置づけられると述べている。また,生物多様性の評価に関する新たな発展と並んで,生物多様性の係わりを特定の土壌機能と結びつけることが欠かせないと指摘している。
 つづいて,土壌の状態に関する地域的な変化傾向を取り上げている。地域としては,サハラ砂漠以南のアフリカ,アジア,ヨーロッパおよびユーラシア,ラテンアメリカおよびカリブ,近東及び北アフリカ,北アメリカ,南西太平洋そして南極大陸の8つである。各地域における土壌機能に関わる評価をおこなっており,10つの脅威の劣化の程度を示している。例えば,アジアにおける脅威は大きい順に,土壌侵蝕,土壌有機物の変化,塩類集積とナトリウム化,養分の不均衡,汚染,土壌被覆と土地転用(land take),土壌の酸性化,圧縮,waterloggingそして生物多様性の減少である。
 土壌機能への脅威に関する全球的な要約の節では,地球規模での土壌機能への最も深刻な脅威は,土壌侵蝕,土壌有機炭素の減少および養分の不均衡であり,さらに悪化することが懸念されるとしている。
 最後の土壌政策の節では,教育および啓発活動,モニタリングと予測システム,市場への土壌情報の提供,適切な奨励制度と規制,世代間の公平性の確保,相関性と因果関係の理解(例えば,ある国の農産物輸入政策と輸出元の農地の状況)分野横断的な問題の7つを説明している。
ここまで世界土壌資源報告書の要約をさらに縮めて紹介した。

 私見としては,土壌と水の節において,我が国はガットウルグアイラウンド交渉のとき,水田の持つ洪水調節機能を始め農地の便益を代替法により評価した経験がある。さらに,流域全体における土壌水分量の信頼できる推定値が必要であると述べているが,最近の流域を対象とした流出モデル(SWAP)の可能性はどうであろうか。土壌機能への脅威に関する全球的な要約の節で注目しなければならないのは,土壌有機炭素の減少である。土壌有機炭素の増加は土壌の物理性を良好にし,食料生産のために不可欠であるが,それよりも地球温暖化が二酸化炭素の増加が原因であるという主張が強く反映されていると推測される。
 気候変動に対してIPCC (Intergovernmental Panel on Climate Change)が果たした役割をITPSが土壌資源に対して果たそうとしているように見える。二酸化炭素の排出削減に先進国が熱心なのは,それが金儲けになるからである。二酸化炭素の排出権取引と同じようなことが生物多様性条約においても行われている。すなわち,開発によって生物多様性の低下が避けられない場合,別の場所での生態系の復元などに協力することで相殺するという発想である。農産物輸入国に対し輸出国の農地の適切な管理に責任を持てと指摘することは正しい。しかし,肥料も十分に買うことができず,土壌の適正管理もままならない貧しい国の農家が作った作物は,養分のアンバランス,土壌侵蝕を助長する,土壌有機物炭素を一方的に低下させるという基準でペナルティーを課すような事態が起きないだろうか。グローバル化して土壌までもが経済の道具となり,富める者がますます富を増やし,貧しい人々が一層貧しくなるような,暗い世界の入り口にいるような気がしてならない。
 土を対象とする研究者には現在追究している課題に集中して欲しいが,土を巡る情勢,価値観が急速に変化している状況にも目を向けていただきたい。特に教育者であれば学生諸君に土の持つ様々な機能とともに日本や世界の土壌政策の動向についても教えて欲しい。将来,振り返ってみれば,2015年の国際土壌年は今までの土壌政策が大きく転換した年であったかのも知れない。(H)

出典
緩・急環境変動下における土壌化学の基盤整備と研究強化の必要性 日本学術会議 農業委員会 土壌科学分科会 16ページ(2016年1月)
 www.sci.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t223-1.pdf

世界土壌資源報告:要約報告書 高田祐介他9名訳,農業環境技術研究所報告,35:119-153 (2016年3月)
  原文は,http://www.fao.org/globalsoilpartnership/en/

参考書
井田徹治 生物多様性とは何か 第5章 利益を分け合う 岩波新書 (2010)

ジャレッド・ダイアモンド著,楡井浩一訳 文明崩壊(下)第15章 大企業と環境 草思社文庫(2012)

農地土壌の現状と課題 農林水産省生産局環境保全型農業対策室 (2007)
 www.maff.go.jp/j/study/kankyo_hozen/01/pdf/data03.pdf

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