不飽和透水係数
不飽和透水係数
不飽和透水係数
ここで紹介するのはRichards and Mooreが1952年に発表した加圧型の定水位法である(図5)。その原形は1931年にRichardsがPhysics誌に発表した論文に見られる吸引型の定水位法である。透水係数の測定範囲は,近飽和からメンブレンの限界である水柱150 cmの空気圧(-150 cmのマトリックポテンシャル)か透水係数が1.0E-3~1.0E-7 cm/sの領域に限定される。
試料の断面積が100 cm2で透水係数が1.0E-7 cm/s,動水勾配が1の場合,1日の浸透水量は1 g未満であり,浸透水を容器で受ける場合の蒸発を考えれば,ほぼ限界と思われる。そのため,直径が30 cmの試料を使えば1.0E-8 cm/sの透水係数まで測れる可能性がある。
飽和透水係数の測定では透水係数が小さい場合には変水位法が用いられるが,不飽和ではそれが出来ないので定水位法となる。加圧型定水位法を超えるマトリックポテンシャルが小さい領域の不飽和透水係数は加圧板を用いたone step法(Doering, 1965)や土壌面蒸発により水分拡散係数を求め,水分特性曲線を用いて不飽和透水係数に変換する方法(Bruce and Klute, 1956; 長谷川,1999)があり,いずれも-1 MPa以下まで求めることができるが,透水係数はオーダーの正確さしかないといわれる。
加圧定常法は装置の準備を完了して測定に入るまで比較的面倒である。かつて福島県農業試験場の安部充さんが測定した際に写真付きの冊子を作ったほどであり,そのコピーを元に学生は測定していた。
a. 装置の概要
試料の大きさは直径11.3 cm,高さ5.0 cmの体積500 cm3とした。試料円筒は1.5 mmのステンレス板を丸めて作り,側壁には直径2 mmの穴を6個あけた。また,写真6のようにポーラスカップを挿入し固定するため,上下に2.5 cm,横方向にも2.5 cm離して特殊な穴をあけた。これらの作業は町工場に依頼した。
動水勾配の測定用のポーラスカップは直径が約6.5 mmあり,写真6右下のように挿入後数10度回転させることにより試料円筒に固定した。また,ポーラスカップと壁面に固定する金具を作るための補助具を写真7に示す。
装置の全体像は写真8のようであり,据え付けている台の大きさは,30 cm x 50 cm,全高は約60 cmである。加圧室となるアクリル円筒は外径21 cm,内径20 cmである。この装置で工夫した点は,試料のセット,ポーラスカップの固定,給排水のチューブの接続の全てが終わってからアクリル円筒を据え,アクリル製の蓋(厚さ2 cm)を載せることなどである。給水用のマリオット給水管の容量は約1.5 Lであり,透水係数が 1.0E-4 cm/s,動水勾配が1の場合,1日半水を流し続けることができる。一方,透水係数が1.0E-7 cm/sでは水の流れが遅いため,気圧の変化を受けてマリオット給水管では定水位を保てない(気圧は大きな時で数十hPa変化するので流入水頭を1 cm (=1 hPa)未満で制御することは出来ない)。そこで,マリオット給水管側壁に気泡が出る位置と等しいに罫書きで赤線を付け,透水係数が小さくなった時点でマリオット給水管の中パイプを外し,水位を赤線にほぼ保つように,時々注水するようにした。
写真8 不飽和透水係数測定装置(加圧型測定法)
試料の上面(給水側)と下面(排水側)の支持枠とメンブレンは水分特性曲線に用いたメンブレン吸引法と同じ構造となっている。
加圧室の圧力(マトリックポテンシャル)は図5の左に示すような圧力調節器を用い窒素ガスボンベからの2次空気圧を20kPa程度に下げなおかつ流量を非常に絞って流し続けるようにした。このようにすることにより,気圧の変化によるチャンバー内の圧力変化を防ぐことができ,なおかつ窒素ガスを流し続けても1本のガスボンベは1年以上使うことができる。
b. 試料の準備
農地で採取してきた試料は実験室で成形をする。最初に上下面を平に整形するが,黒ボク土のような土ではストレートエッジを使う。一方,細粒質灰色低地土のような土では,ワイヤーソーで成形した後写真9のような小道具を作って表面をはつり,捏ねかいした面をなくす。
つぎに,土とメンブレンとの接触を良好にするため,負圧浸入計と同じように,0.42 mm篩を通過した淡色黒ボク土下層土の風乾細土を接触材として用いる。その手順は図6に示すとおりである。接触材が土の試料と一体化するには,土が湿っていなければならない。30分も待っても接触材が湿らないような場合には,接触材を筆などで取り除き,土を霧吹きで湿らせ,しばらく待ってから接触材を再度散布する必要がある。
接触材が完全に密着したら,ポーラスカップを挿入するために試料に5.5 mmのドリルで下穴をあける。一方,試料の上下支持枠はメンブレン吸引法と同じようにして飽和させるとともに,ポーラスカップと水マノメータも接続しておく。このとき,ポーラスカップを入れたビーカーの水面と水マノメータの水面の位置の差(毛管現象による差)を記録し,図7のように試料のマトリックポテンシャルの補正をする。
c. 試料数
飽和透水係数は土の物理的特性の中でもバラツキが大きい。しかし,不飽和になるにつれて連続した粗孔隙が水移動に関与しなくなる。この点は負圧浸入計による近飽和透水試験ではっきりと認められる。したがって,不飽和透水試験では試料数は3つあれば十分であると考えられる。図8に観音台黒ボク土(農環研畑下層土)の同一深さで採取した9試料の不飽和透水係数を示す。マトリックポテンシャルが-30 cm付近まではバラツキが大きく-100 cm付近になると最大値と最小値の差は2倍程度になる。試料数は3で十分としても,飽和から-150 cmまたは1.0E-7 cm/sまでの透水係数を求めようとすれば,約2週間は必要であるから,透水装置を3反復にするのがよい。さもないと効率が非常に悪い。
図8 不飽和透水係数のバラツキ
d. 脱水過程か吸水過程か
水分特性曲線も不飽和透水試験も飽和からの脱水過程が一般に測定されるが,脱水過程とするか吸水過程とするかは自分の対象とする自然現象においてどちらの過程が卓越するかによって決める。
図9に重粘土である北陸農業試験場の転換畑下層土の透水係数を示す。図8の観音台黒ボク土と異なり,重粘土の吸水過程では近飽和になって透水係数が急激に大きくなる。このような傾向は八郎潟の重粘土でも同様であった。なお図9の吸水過程の透水係数が吸引圧150cmの透水係数よりも小さいのは理解できないが,重粘土の脱水過程は数日単位では完了しないということを意味しているのかも知れない。
図9 重粘土の脱水過程と吸水過程の透水係数
岩田(1971)は不飽和透水試験においてマトリックポテンシャルを変化させてから定常状態になるまでの時間は透水係数から計算される定常状態になるまでの時間に比べてずっと短いことを指摘しているが,重粘土では透水係数から計算される平衡時間に近いのかも知れない。要するに,重粘土では一度乾燥すると吸水過程の水移動は事実上生じないと考えても良い。
参考
Doering,E.J. Soil water diffusivity by the one-step method. Soil Science 99:322-326 (1965)
Bruce, R.R. and Klute, A. The measurement of soil moisture diffusivity. Soil Sci. Soc. Amer. Proc. 20:458-462 (1956)
長谷川周一 畑作土の0.1 MPa以下の透水係数の値,日本土壌肥料学会誌,70 (2) :194-197 (1999)
岩田進午 不飽和透水係数の測定について,日本土壌肥料学会誌,42(11) 441-442 (1971)