Quick Homepage Maker is easy, simple, pretty Website Building System

緑の革命を脅かしたイネウンカ

緑の革命を脅かしたイネウンカ

緑の革命を脅かしたイネウンカ 寒川一成著 ブイツーソリューション発行,
                 191ページ 定価1,000円+税 2010年10月

  近代科学は要素に還元することで,因果関係を明確にして進歩してきた。本書の主題であるイネの害虫であるトビイロウンカの駆除に対する農薬の開発も同じ考え方である。そして,我が国では駆除に成功したけれど東南アジアでは成功しなかった。なぜだろう。
 トビイロウンカ(漢字では鳶色浮塵子,英語ではbrown plant hopper)とはイネの害虫で口吻を師管の中に刺しイネの養分を吸収することで生きている。昔からトビイロウンカによる飢饉が報告されている。しかし,この害虫の生態については長いこと不明であり,我が国で越冬すると考えられてきたが,1960年代後半になって海外からジェット気流に乗って運ばれてくるという説が有力となって研究が進められ,農業気象学も取り込み,現在では多くの知見が得られている。重要なのは,海外から日本へ飛来し,日本で増殖しても再び生まれ故郷に帰ること無く日本で死滅するということである。
 トビイロウンカには短翅型と長翅型がある。風に運ばれて我が国に飛来するのは長翅型であり,その雌からは短翅型が生まれる。そして世代交代しながら個体密度が高くなると一部は長翅型になってよそへ飛んでいく。そして第3世代の幼虫が一斉にふ化する頃からイネの坪枯れ(hopperburn)が生じる。
 トビイロウンカの生態についての詳細は本を読んで貰うことにして,害虫の駆除,被害軽減の話に進もう。IRRIではトビイロウンカに抵抗性を持つ品種を在来のイネの中から見つける努力をしていた。一方,熱帯ではトビイロウンカが年中世代交代をすることで新しいバイオタイプが誕生し,育種による食害回避品種との競争が続いた。一方では農薬抵抗性のウンカが発生することで,新たな農薬も開発されてきた。ところが,IRRIの研究者の中には,水田に施用された殺虫剤がウンカの増殖を抑えるどころか,むしろ増進させているのでは無いかという厄介な事実に気がついていた。殺虫剤によるresurgence(誘導多発生)である。つまり,殺虫剤散布によりウンカのみならずクモ類を含む小動物を皆殺しにした結果,その後に飛来するウンカは天敵がいないために大増殖するのである。
 JICAのインドネシアに対する技術援助は,我が国の成功例をもとにしたウンカの発生予察と殺虫剤散布による防除であった。ところが,前段で述べたresurgenceが起きてしまった。そのとき,インドネシア側から殺虫剤によるgenocideではなく,IPM (Integrated Pest Management)という考え方が出された。結局JICAの援助は挫折したわけである。著者は,先進国はODAという建前をとって農薬を発展途上国に供与しているが,農薬企業にしてみれば,農薬の官営輸出契約そのものでは無いかと指摘をしている。また,カンボジアでの農薬工業界のセミナーでは,日本の大学教授は「持続的IPMにおける殺虫剤の役割」という演題で,殺虫剤の必要性を語気強く説かれたという。FAOは田んぼの学校を開き,農民に害虫の生態や天敵について解説して農薬散布のみに頼らないで虫害を軽減することを目指したのに対し,日本はこのような取り組みを馬鹿にし,農薬一辺倒によるgenocideを目指した。なお,日本でウンカの被害を食い止めることができたのは,個体群が越冬できる気象条件ではなかったからであり,日本の技術を熱帯に移転しようとこだわったことも問題であった。
 我々が対象とする土中の物質移動は初期条件と境界条件を与えると,1つの結果が導かれるというものであり,農薬による害虫防除と同じである。一方,我々の研究を環境科学,そして生態系の中の物質の貯留,移動,形態変化となると,どう考えても要素還元的な手法では解決できそうにも無い。
 私が土壌物理の行き詰まりを最初に感じたのは,転換畑の研究に携わったときである。暗渠排水は農地を人為的に不均一にする行為であるため,要素還元的な考えでは水稲,畑作物培地の物理性は対象にできないのではないかと思った。土地改良事業には類似地調査という考えがある。これこそ,本書に書かれていた「田んぼの学校」であり,暗渠の公式で解決できるものではない。土壌物理学の対象が作物生産から農業生態系の保全へと守備範囲を広げていくならば,我々は要素還元型の科学に加えてどのような知識を体系化していくかを真剣に考えていかなければ,社会から見放されてしまう。
 「緑の革命を脅かしたイネウンカ」の内容の紹介よりも,この本で考えさせられた科学のあり方になってしまいました。(H)

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional