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2023/4/17 (月)

黄砂のメリット

 黄砂が話題に上る季節となった。空が霞む、車の屋根に粉状の汚れがつく、アレルギー症状が出る、といった迷惑体験が報じられ、私自身も花粉症と同じような健康被害を自覚している。この件について、私も参加した研究チームから13年前に発表した「黄砂・越境大気汚染物質の地球規模循環の解明とその影響対策」という報告書(日本学術会議風送大気物質問題分科会、2010年)がある。

この報告書では、黄砂のデメリットとメリットを並記した。さらに言うと、黄砂はニュースで報じられるよりもっと悪いデメリットと、実は地球環境に良い影響を与えるメリットとが、併存している事実を科学的に報告した。この報告書の中身を少し抜粋してみよう。

「黄砂・大気汚染物質は地球規模で輸送・拡散する」
「地球一周の期間は12~13日」
「日本への黄砂はタクラマカン沙漠とゴビ沙漠、および黄土高原から補給されて輸送され、やがて落下して、九州では黄砂の堆積は数メートルになったとされる。また、沖縄でも赤土の多くは黄砂由来であるとも推定されている。」

「黄砂付着病原菌として家畜の口蹄疫、豚コレラ、麦サビ病等が疑われている。」
「日本の黄砂被害には、視程障害、機械軸受けの摩耗、精密機器への障害、目詰まり、遮光害、埃害、洗濯物の汚染等々であるが、その被害程度や被害額の統計的データは不十分である。」

「黄砂には大気汚染による酸性化を中和する作用、および海洋の貧栄養化緩和と 栄養塩供給等、幾つかの有効性・効果も認められている。」
「① 魚類の餌となる植物プランクトン増殖への微量要素(Fe、K、Ca 等の栄養塩)の供給効果と食物連鎖の一環としての効用が挙げられる。」
「② 中国の黄砂はアルカリ性であり、大気汚染物質は多くは酸性であるため、それらを中和させる作用があり、風上側の亜硫酸ガス等による酸性雨の強度が減少し、その影響は緩和されることになる。」

以上のような内容が、より詳細に論じられているので、ご関心の向きは是非、この報告書を閲覧いただきたい。日本学術会議のホームページから容易にダウンロードすることができる。

 しかし、このブログの本題は、上記報告書の紹介ではない。もっと最近、京都府立大学の中尾淳氏が展開している、放射能汚染から人や作物を守る黄砂の力に関する研究に注目したい。この研究では、ミクロレベルでの厳密な粘土鉱物に関する知識に基づき、大きな仮説を立て、その仮説を検証するための独創的な調査方法を考案し、調査データに基づいて仮説の検証から証明に至り、新発見として新たな知識を提供している。この、仮説→検証→発見のプロセスが面白いので、ここに紹介する。

前提知識:黄砂の主成分は風化雲母やバーミキュライトなどの雲母系鉱物であることが知られている。こうした微細で部分的に風化した雲母系鉱物は放射性セシウムを吸着する高い機能を有している。一方、火山灰には雲母系鉱物がほとんど含まれていないので、火山灰を母材とする黒ボク土は放射性セシウムを補足するポテンシャル(その指標はRIPと呼ばれる)が低い。つまり、黄砂を含まない黒ボク土地帯に放射性セシウムが降下すると、そのセシウムは土壌に拘束されず、植物体内に取り込まれたり、周辺環境へと広がって汚染範囲を拡大する可能性が高い。

仮説:黒ボク土には高い放射性セシウム補足ポテンシャル(RIP)と低い放射性セシウム補足ポテンシャル(RIP)とが存在する。その違いは、その土地における黄砂の混じり具合の差によってもたらされているのではないか?黄砂が多ければRIPが高く、黄砂が少なければRIPが低い、という仮説を設ける。

検証方法:熊本県阿蘇山周辺に分布する黒ボク土を採取し、過去に累積した黄砂含有量を測定する。火山灰は火山に近いほど厚く堆積するが、黄砂は広い範囲で均等に降下するので、火山に近いほど火山灰の相対的含有量が多く、火山から遠いほど黄砂の相対的含有量が多いはずである。一方、採取した黒ボク土全ての放射性セシウム補足ポテンシャル(RIP)を測定する。もし、黄砂含有量と放射性セシウム補足ポテンシャル(RIP)との間に高い相関が現れれば、黄砂は黒ボク土地帯に降下した放射性セシウムを補足して人を含む生態系を守っていると言える。

検証結果:黒ボク土中の黄砂含有量と放射性セシウム補足ポテンシャル(RIP)との間に、高い相関関係が認められた。なお、データの信頼性を検証するために、同じ層位までの土壌中に含まれる雲母系鉱物の総量を比較し、どの地点でもほぼ同量であることを示した。言い直すと、火山に近いところでは火山灰が厚く、遠いところでは薄いが、同じ期間に堆積した火山灰中に含まれる黄砂量はほぼ同一であった、ということになる。土壌物理学的には、マスバランスが成立している、と言える。

新発見:主となる母材に雲母系鉱物が全く存在しない場合でも、黄砂がある程度混入していれば、その土壌は放射能汚染から作物を守る力が十分にある。また、周辺環境への汚染拡大を防ぐ力も十分にある。

黄砂は、あの原発事故でばらまかれた放射能物質を吸着して作物や環境を放射能汚染から守る力がある、という新発見は、以上のような経緯で証明された。多くの日本人が暮らしている火山灰土壌(黒ボクと呼ばれる)地域は放射性セシウムを吸着する力が弱く、したがって、セシウムは自由に動き回って大気や地下水や土壌を汚染するはずだった。しかし、長い年月、黄砂が降り注いでいたので、黄砂に多く含まれる雲母系鉱物が土に混入し、この雲母系物質が放射性セシウムをガッチリ掴んで離さない、したがって、セシウムは環境中に拡散しないし、植物や生態系にも移行しにくい、という新たな知識を得た。この結論に至る研究プロセスに敬意と賛意を送りたい。阿蘇山周辺でシコシコ土壌試料を採取している若い研究者たちの姿が目に浮かぶ。文責(M)

(注)文中「豚コレラ」とあるが現在は「豚熱」と呼ぶという。

参考文献

報告「黄砂・越境大気汚染物質の地球規模循環の解明とその影響対策」、日本学術会議 農学委員会 風送大気物質問題分科会、2010年2月

資料「原発事故から10年―これまで、今、これからの農業現場を考える」、塚田祥文、他10名、日本土壌肥料学雑誌、93巻1号、46-61、2022年

講座「放射性セシウム研究の進展と土壌肥料学の貢献、1.土壌中の放射性セシウム動態研究の進展」、中尾淳、山口紀子、日本土壌肥料学雑誌、93巻4号、209-214、2022年

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